~開業医の後継者問題と第三者承継のスキームについて~
1,診療所の施設状況と問題意識中小企業庁のデータでは、60歳以上の経営者の半数以上、個人事業主の約7割が自らの代で事業の継続を断念するとしています。その多くが黒字経営であるにもかかわらずです。
産業界と同様に、医療機関もまた、後継者不在の問題を抱えています。
厚生労働省の医療施設調査から動態をみると、2019年10月1日現在の活動中の施設数は179,416施設で、そのうち一般診療所は102,615施設で前年比511施設の増加を示しています。
病院の漸減と診療所の漸増は、医療計画に基づく機能・規模の適正化などを図ろうとするなかでの数年来続く傾向ですが、診療所に関する数値はあくまでもマクロな視点によるもので、バス移動などの巡回検診では、実施の都度、「開設」と「廃止」を届け出ることになりますし、医療法人成りにおいても個人診療所の「廃止」と新設法人による「開設」を行うことで統計上はそれらの増減がすべてカウントされることになります。つまり、純粋に新規開設される診療所数と廃止される診療所数とは大きく乖離することになるわけです。
表1は、弊社の顧問をして頂いている佐久間氏が調査した2017年度の都道府県別一般診療所の純粋な開設・廃止を表したものです。このデータでは、診療所が純増している都道府県は、東京都、神奈川県などの一部に限られ、ほとんどは純減していることがわかります。大都市を抱える大阪府、愛知県、福岡県ですらマイナスに転じているのは後継者不在を如実に表していますが、原則的に医院経営者は医師有資格者に限定されますから、後継者を確保するのは他業種に比べ難しいということがいえます。
診療所の適正な施設数については別の視点での議論が必要ですが、診療所の閉院は単なる経済的な衰退ではなく、地域医療というセーフティネットの持続性を揺るがすリスクといえるだけに、有意性のある対策が望まれています。
2,診療所の事業承継が活発化する背景現在の病院勤務医の平均年齢が約47歳なのに対し、医科診療所開業医の平均は約62歳で継続した上昇傾向を示しています。また、約10万4,000人の開業医の内訳として、もっとも多い60歳代が約29%、次いで70歳以上が20.2%と、約半数の先生が60歳を超えています(厚労省「平成30年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」)。言い換えれば、世代交代を迎えようとする診療所が半数近くに及ぶわけです。
そして、2020年1月に日本国内で新型コロナウイルス感染症の第一例が検知されて以降、患者の医療機関への受診控えが深刻化しました。医業収入の対前年同月比のマイナス幅は縮小傾向にありますが、患者の受診心理に少なからず影響を与えたことは事実で、診療所としても室内の飛沫感染対策のほか、空気清浄・換気機能の強化、陰圧室(装置)の設置、オンライン診療、キャッシュレス決済の導入などの対応に迫られました。患者本位の医療安全の観点からは、医療機関として望まれる対策といえますが、収益減に加えた新たな設備投資に二の足を踏む先生がいても不思議ではありません。
常設の診療所が純減に転じた要因は、以下のように整理することができます。
① 開業医の高齢化
・開業医の平均年齢が60歳超(医療法人の理事長約年齢65歳)
② 後継者の不在
・開業医の約50%は後継者不在
・50%の候補者の内、実際に承継に至るのはさらに半数
③ 決断時期の逸失
・事業承継のタイミングを逸し、後継者候補探しが難航
④ 患者数減少
・競合過多と院長高齢化に伴う医療機能の縮小
一方で、第三者承継を選択するメリットとポイントは以下のようになります。
① 切れ目のない患者の引継ぎが可能
・地域医療と健康への継続的な貢献
② 経済的メリット
・M&Aにより一時的、または継続的なまとまった資金が得られる
③ 職員の継続雇用が可能
・院長の都合に職員のやりがい、経済的安定を巻き込まない
④ 閉院にかかるコストの負担軽減
・テナント物件の内装原状回復工事費、医療機器等処分費用等の大幅軽減
事業継承のメリットは、院長個人の是非に及ばず、職員の雇用と地域医療を絶やすことなく守り続けることに義があり、院長の最後の大役ともいえます。それだけに早めの意思決定と行動が大切になります。
3,第三者事業承継の体系診療所の経営主体は、「個人立」か「医療法人立」です。事業承継では、それぞれに「第三者」か「親族(親子)」という4つの体系に分かれますが、第三者承継においては、表1の5体系に整理することができます。
表1 第三者事業承継の体系 | 継承元(売り手) | 継承先(買い手) |
① | 個人 | 個人(勤務医) |
② | 個人 | 医療法人 |
③ | 医療法人 | 個人(勤務医) |
④ | 医療法人 | 医療法人 |
⑤ | 医療法人 | 個人診療所 |
本稿では、一般事例の多い①個人間事業承継と、③医療法人を個人が承継するケースについて解説いたします。
4,個人間事業承継図2 個人間事業承継のスキーム
① 旧診療所の「廃止」と新診療所の「開始」が基本
個人立診療所の場合、継承とはいっても旧診療所を廃止したうえで、新たに診療所開設許可申請、保険医療
機関指定申請手続きを経る必要があります。この保険医療機関審査には通常1カ月程度を要しますので、新
院長は指定を受けるまでの期間、保険診療を行えないことになります。
② 切れ目のない保険診療を行うための「遡及」手続き
上記①を解消するための手続きを「遡及」といいます。これは既存診療所の諸条件を完全に履行し、承継ま
での一定期間(概ね3カ月)を使って患者の引継ぎが十分に行われているかが重要な要件となります(常勤
である必要はない)。
③ 個人間事業承継実務のポイント
・契約形態:診療所譲渡契約
・評価対象:内装設備、医療機器、什器備品、その他資産、営業権
・その他:テナント契約等、各種契約事項は承継先で新規契約(見直しが必要)
5,医療法人(経過措置型医療法人)を個人医師が承継する場合図3 医療法人を個人医師が承継する場合のスキーム
① 出資持分の譲渡
出資金譲渡契約に基づき、出資金は設立当初のB/Sに戻し旧新理事長の個人間で譲渡。
出資金相当額の内装設備・医療機器・什器備品・その他資産は法人に残します。
② 役員交代
社員総会と理事会を経て、役員、理事長、管理医師を交代します。
③ 現理事長(院長)への譲渡額を含んだ退職金支給(一例)
協定書を作成し、社員総会の決議によって営業権相当額を旧理事長に退職金として支払います。
④ 医療法人を個人医師が承継する場合のポイント
・契約形態:出資持分譲渡契約
・評価対象:営業権(出資金は原則として設立時の金額を個人間売買)
・その他:テナント契約等、医療法人名義の各種契約事項は継続
以上となりますが、医院承継は利益相反する交渉を伴い、税務面や医療法制度を考慮して進めていく必要がありますので、医院承継の専門家によるアドバイスを受けながら進めていくことをお勧め致します。
株式会社日本医業総研
専務取締役
植村智之