医院開業・経営セミナー 診療報酬改定への対応を誤ると医院経営が厳しくなる?

2020.05.22
参加者
猪川昌史(日本医業総研 代表取締役〈大阪本社勤務〉)
植村智之(日本医業総研 専務取締役〈東京本社勤務〉)
佐久間賢一(日本医業総研 顧問)
佐藤 厚(メディカルトリビューン 執行役員)

司会/小川孝男(日本医業総研 広報室)

新型コロナウイルス感染症の拡大がクリニック経営に与えた影響

司会 今回の新型コロナの拡大に伴う医療機関の運営・経営上の影響は病院で特に目立ち、一部に医療崩壊などという極端な報道もあります。クリニックにおいても、患者さんの受診制限、一時休業などによる経営への影響が懸念されますが、私たちのお客様などでの実態はどうなんでしょうか。

佐久間 クリニックへの影響についても、さまざまなメディアでアンケート結果等が示されていますが、一部の断片的な情報から全体像をとらえようとすると、極端なマイナスイメージだけが強調されて本質を見失います。私の古くからのお客様ですが、都内で開業し1日200人以上を診ている内科クリニックで、たまたま新型コロナの陽性患者さんを受け付けてしまいました。そこで院長は、迷うことなく2週間の閉院を決め、即座に内外に発信されました。現在は再開され、患者さんは確実に戻りつつあるようです。緊急事態のベストソリューションは患者さんとスタッフの不安を最少化することです。そこで問われるのは、院長のリーダーシップです。政府の方針や医師会の出方をうかがうのか、自らの決断で能動的に動くのか、そこに大きな差が生まれます。

司会 急な閉院でスタッフの動揺や混乱はありませんでしたか。

佐久間 院長の口から全員にはっきりと考えを伝えたこと、給与も一定額を補償し、スタッフの安全と雇用を守ることで一切問題は生じませんでした。

司会 猪川さん、関西での影響はいかがでしょうか。

猪川 税理士法人日本医業総研の関西での会計顧問先が70件ほどありますが、来院患者数は概ね2割~5割ダウン、特に年少患者さんが中心になる小児科と耳鼻科の落ち込みが顕著です。健診も止まってますね。また消化器内視鏡は、関係学会から医療従事者の感染リスクへの慎重な対応が求められていることもあって、事実上実施は停止されています。関東より一足先に緊急事態宣言が解除ましたので、これから徐々に戻るとは思いますが、基本的にはどのクリニックも影響を受けています。

司会 関東も傾向は同じでしょうか。

植村 定量化したデータではありませんが、私の担当したお客様では、明らかに落ち込んでいるクリニックと、比較的影響が少ないクリニックがあります。影響が大きいのは、猪川さんもおっしゃった小児科と耳鼻科、それに眼科の落ち込みが目立ちます。内視鏡と同様に、不妊治療でも可能な限り治療延期を考慮するよう学会からの要請を受けているようです。逆にかかりつけ医として慢性疾患などに対応されている場合で2割減前後という話を耳にします。慢性疾患の場合は、投薬期間を延ばすことで来院頻度が減ることになりますが、決して患者離れを引き起こしているというわけでなさそうです。

猪川 小児科で付け加えれば、子どもが日常的にマスクを着け、手洗い・消毒が習慣づいたことで風邪をひきにくくなりました。つまり、受診を控えるのではなく、医療にかかる必要性が減ったというプラスの側面もあります。

佐久間 整形外科でもかなり影響が大きいようです。高齢者の慢性化した痛みが劇的に治るわけではないので、少しくらいなら通院を我慢しようということでしょうか。

猪川 一般的な外来とは逆に順調なのが在宅診療です。私どものグループでも複数の在支診の経営に関与していますが、確実に患者数を伸ばしています。地域包括ケアシステムの構築を前提に、入院から通所、そして在宅への移行というここ数年の流れに乗っているし、訪問看護事業所や地域のケアマネジャー、介護事業所との連携を密にするほど需要を掘り起こすことができます。訪問する医師もスタッフも感染対策は万全ですから、患者さんもご家族も安心感は高いのでしょうね。

司会 特措法に基づく緊急事態宣言が全都道府県に拡大したのが4月16日でした。それ以後に新規開業されたクリニックの状況はいかがですか。

植村 5月開業の内科クリニックでは、スタッフ研修は感染対策の下で行われましたが、内覧会を中止したことで地域への大事な広報機会を逸しました。まだ初月の試算表も上がってきていないので詳細はわかりませんが、少し落ち着いたところで何らかのテコ入れが必要でしょうね。

猪川 大阪では5月の連休明けに2件の開業を迎えました。内装工事中から便器など中国製造の資材の物流が滞りヤキモキしましたが、何とか間に合ったという感じです。2件とも立ち上がりは通常の開業の半数といったところでしょうか。運転資金はそれを見越して余裕を持たせてありますが、コンサルタントと会計担当者が頻繁に赴いて院長と打ち合わせている状況です。

司会 新規開業でのスタッフの採用面での変化はありますか。

猪川 募集をかけても、以前のような反応がないというのが実感値です。医療についての高い意識を持つ看護師などの有資格者は、新型コロナの影響で応募を控えるということはあまりありませんが、受付事務やリハ助手など資格を持たない方の医療に携わることへの意識が変化しているのかもしれません。ただ、他の業種でパートの職を失った方などもいますし、一定の収束を見て医療機関に人が流れてくる可能性もあるかなと思っています。でももう少し時間はかかるでしょうけど。

植村 以前はクリニックで受付事務を募集しても数人から十数人しか応募がなく、明らかに他業種の求人に流れる傾向が続いていましたが、多くの業種の雇用が不安定なときだけに、今後は逆に活性化していくのではないかと期待しています。そこで大切なのは院内の感染症予防対策です。開業準備中から衛生面での安全管理を重視することがスタッフにも患者さんにも選ばれる理由になってくると思います。

司会 この状況で開業に慎重になったり、開業時期そのものを見直される先生も多いと思われますが、承継開業の状況に変化はありますか。

佐藤 メディカルトリビューンでは医師の紹介事業も行っていますが、特に需要の落ち込はなく、人材の流れが止まることはありません。特にDPC対象の大規模病院に勤務する若い先生は、体力的にもギリギリの状況で診療に当たっているだけに疲弊感と危機感は大きいと思われます。また、軽症患者さんの初期の診断と、適切な医療への振り分けを行うクリニックの役割がこれまで以上に重要になってきます。人材が動くなかで、当然開業を目指す先生もいるわけですが、今回の新型コロナの影響で引退を早める開業医が増えつつあるだけに、承継開業を選択するチャンスも多くなると考えられます。やや希望的観測ですが、この傾向が地方医療の持続や医療過疎の解消にいい影響を及ぼしてくれればいいかなと思います。

佐久間 大多数の病院経営が赤字に転落し、国の支援が必要な苦しい状況に立たされています。一方クリニックにとっては、機能分化が推進されるなかでの病診連携を図るチャンスではないかと思います。特にこれから開業される先生は、基幹病院との関係性を深めておいて開業後の密な連携に備えるべきです。厳しいときこそ、何をチャンスとしてとらえ、クリニックの武器にしていくのかという発想の切替えが院長に求められます。

新型コロナの拡大による患者心理の変化

司会 慢性疾患の患者さんの通院頻度が下がるのは自然の流れでしょうが、一方で疾患の早期発見・早期治療という医療介入の原則が揺らぐことも心配されます。今回の新型コロナが患者さんの受診心理に与える影響と、逆にクリニックは地域や患者さんとどう向き合っていくべきだとお考えでしょうか。

佐久間 これは良い意味の副作用といえますが、フリーアクセスの弊害といえるコンビニ受診は間違いなく減るでしょうね。患者さんの細やかな心理の変化まではつかみ切れませんが、経済的にも自粛ムードが漂うなかでクリニックがやるべきことは、予防や疾患、治療に対する啓蒙活動だと考えます。単に広告を打つという通俗的な意味ではありません。あくまでも医療機関としてのステータスを持って訴えかけることが大切です。ある皮膚科の先生は、タウン誌にインタビュー記事を1年間連載されました。インタビュアーが皮膚の症状や悩みを質問し、専門医として分かりやすく解説するというものですが大きな効果があったようです。タウン誌でも啓蒙の大切さをキチンと説明すれば、企画として取り上げてくれる可能性があります。

猪川 患者さんの意識ということでいえば、ガラリと変わるのではないかと思っています。つまり、無駄に医療にかからないというのが新しい生活様式として根付くのではないか。例えば物療でリハを受けている高齢者が、これまで通り週に何回も通院するかといったら感染リスクを避けることを優先するでしょう。非常事態宣言が解除され、商業施設などが通常通りの営業に戻りつつありますが、それでいきなり大勢の集まるコンサートに行くのか、サラリーマンが仕事帰りに気軽に飲みに行くのかといったらそうはなりません。行くとしても、この店の感染症対策はどうなっているのかがまず気になるはずです。医療機関は特にそうです。従来通りの運営で、時間が経てば患者さんが戻るのかといったら私は違うだろうと思います。感染症対策マニュアルの作成、実施の状況を明確に発信することや、患者・スタッフ・取引業者ともに感染者ゼロなどをリアルタイムに表示することも考えられます。患者さんがいま何を考え、何を欲しているのか、そこに的確に応えているかどうかで大きく違ってくるのではないかと思います。

佐久間 まったく同感です。それは患者さんだけでなく、スタッフに対しても同じことがいえます。窓口清算でカード決済がなかなか進まないのも、これまでは手数料がネックになっていましたが、「現金には触れない」ことも患者さん・スタッフ双方に配慮した感染症対策です。安全・安心な職場環境であることを目に見える形でアピールすべきだと考えます。

猪川 その通りだと思います。「非接触」というのもサービス提供上の大きなキーワードです。一部で自動精算機も導入されつつありますが、お金に触れることには変わりありません。クレジットカードもそうですが、スマホなども利用できるキャッシュレス決裁は必須になるのではないかと思っています。今年の8月に開業を予定している小児科では、院内感染の予防を徹底しようということで、キャッスレス決裁以外にもアルコール消毒、次亜塩素酸の発生装置、空調の工夫による一般の待合から病児を隔離する待合への送風などを行い、子どもと保護者への配慮をホームページで明確に打ち出すようにしています。慢性疾患の患者さんはある程度戻ってくるでしょうが、5年後、10年後の経営を考えたらいかに新患を取り込むかのアピールがこれまで以上に大切になってきます。

植村 基本的にお二方とは同じ意見ですが、診療科や患者さんの年齢層によっても意識は変わってくるでしょうね。今の猪川さんの小児科での対策などをうかがうと、これまであまり増患に結び付かなかった領域の優先順位が高くなっていることがわかります。キャッシュレス化もそうですね。イメージが先行していた待合室やホームページのデザインにも機能面での新たな視点が加わりました。また、内科や整形外科などの高齢者医療の分野では、通院の頻度を医師の指示で決めていた側面があります。そのある種の常識への疑問が患者さんの心理として一番大きいのではないかと思います。「なにも、医療にかからなくてよかったのではないか」という意識を患者さんが持ち始めると、連鎖的にレセプト単価も延患者数も減少します。高齢者のたまり場で利益を生むという構造自体がもう通用しないわけです。そうなったときに、しっかりとした診療方針と高い専門性を打ち出す必要があるし、患者さんもその特徴を求めていると思います。それと、オンラインの利用に対するアレルギーがどんどんなくなってきています。患者さんがパソコンなどの操作がやりくいのでは、というマイナス発想は捨てるべきでしょう。新規開業はもちろんですが、現在の診療にオンライン機能を付加することも必要です。アフターコロナに向けた対策をすぐにでも実施することが大事だと考えます。

佐久間 駅前開業か住宅地での開業か、立地によっても戦略は異なってきます。高齢者一人あたりの受診機会が減っても、高齢人口は確実に増大します。そして団塊の世代が後期高齢者となる2025年以降は外来数がガクっと下がります。患者さんが物理的に通院できないという状況を考えれば、住宅地での開業は絶対的に在宅を柱とすることが求められます。一方、駅前立地の場合は、幅広く門戸を開き特定の領域に高い専門性を発揮する「T字戦略」による差別化が勝ち残り戦略です。狭い診療圏でクリニックが過剰になっているだけに、これらを明確に打ち出せない先生はかなり苦しくなると思われます。

猪川 クリニックが予防の領域を付加する、あるいは予防機能にシフトする可能性もあると思っています。免疫力を高めるなどもそうですが、持病を持つ方の日常の生活習慣へのアドバイスなども考えられます。そこにオンライン診療を組み合わせることも可能ですが、オンラインはおそらく健康相談的な機能も持つだろうと考えています。病気後に介入するクリニックの役割が、その前段の予防までメンテナンスしていくことは十分に考えられます。国の方針としても、事後に公的保険を使うより、予防に資源を投入していこうという傾向が見て取れます。今回の新型コロナは、クリニックのあり方そのものを見つめ直す契機になるのではないかと思っています。

司会 機能分化という意味でも、病院ではできない「予防」の概念をクリニックが実践することに新たな存在価値が見出せそうですね。

佐久間 必要とされながらも、絵に描いた餅のままなかなか進まなかった機能分化ですが、病院経営が苦しくなるなかで、経済的にやらざるを得ない今の状況は大きく進展するチャンスだと思うし、それに早く気づき仕組みを作った先生が先行利得を得ることになります。すでに虎視眈々と狙っている先生もいるでしょう。そこでようやく国が進めようとしていた医療機能の適性化、クリニックのゲートキーパーとしての役割が成り立ってくると思います。これまで取り壊せなかった壁を崩すいい機会だと考えるべきです。

猪川 佐久間さんのご意見に同感です。希望的観測もありますが、本当の意味でのかかりつけ医、主治医がいて、何かあったらまず相談する。そこから専門医や病院などに紹介するしくみが充実した医療体制を作るし、また整いつつあるように感じられます。

植村 大多数の病院の外来は赤字部門として経営の足を引っ張ってきましたので、中小病院では外来機能の拡充に消極的でしたし、院内での集中感染防止の下にすでに外来を受け付けないところも出てきています。入院は病院、外来はクリニックという理想論からすれば結果的に機能分化していることになりますが、クリニックですら新型コロナの疑いのある方の受診を断っているケースがあります。身近な方々の不調時の最初のアクセス先であるはずのクリニックが機能を果たさなければ住民の不安は増幅するばかりです。確かに今回の新型コロナは、過去に例を見ないきわめて特殊なケースなのですが、やはりどんな方でも受け入れる原則をクリニックの責務として自覚しなければなりませんし、その先に本当の機能分化・病診連携が構築されると考えます。これから開業される先生も、ご自身の理想の診療スタイルを実現するだけでなく、地域医療におけるクリニックの役割を再認識して準備に取り掛かっていただきたいと思います。

佐藤 かかりつけ医として地域の支持を得ようとしたら、待つのではなく、医師が自ら地域に出向く姿勢が重要です。つまりは在宅診療ですね。治療だけではなく、健康相談、介護する家族の相談といったコンサルト機能を担うのもかかりつけ医の役割だと考えます。地域に根ざすとはよく言われる言葉ですが、それは身近な相談先として常に門戸を開くということです。デジタル・アナログを問わず、そうした啓蒙活動の積み重ねが重要です。

オンライン診療への期待と可能性

司会 先ほど、植村さん、猪川さんからオンライン診療の可能性に触れる発言がありました。また、4月10日の厚労省の発表で初診における対面診療の原則が時限的・特例的に緩和されました。つまり、現在のエマージェンシー的状況にオンライン診療の有用性を国が認めたわけです。このオンライン診療をクリニックが実践することについて、みなさんはどうとらえていますか。

佐藤 今後受診の回数が減るといっても、現実的に継続的な投薬を必要とする患者さんは大勢いるわけです。そこでの有用なツールとしてオンライン診療がどこまで普及するかが、今後のクリニック経営のカギを握る一つではないかと考えますし、すでにいろいろな事業会社も動いています。

植村 昨年11月にメディカルトリビューンとの協業で事業承継をサポートした真砂クリニック(千葉市・黒沼純一院長)は、承継時に患者さんを減らしたもののすでに数は回復し、新たに始めた在宅診療ではすでに100件を超える患者さんに対応しています。その真砂クリニックでも、デジタルヘルスケアサービスを行う会社のサポートを受けてオンライン診療を実践されています。そこで面白いのが、オンラインの普及のために、黒沼院長の説明やオンライン診療の手順などを書いた手作りのチラシを地域に撒いたのです。とてもアナログな方法なのですが非常に効果を上げていて80人程度の方が利用されています。オンライン診療を医療のゲートとして外来に導くというモデルを実践されているわけです。

佐久間 オンライン診療のあり方については、私も以前から取り組んできました。実は医師会のなかでもその必要性は認めるものの賛否両論があるようです。ネガティブな考えでいえば、ちょっと話を聞いただけで長期の処方箋が出されるのではないかなどの悪用に対する懸念が拭えないようです。そうしたなかで、今回の新型コロナがどう影響するのか、その分かれ道に立っているわけですが、もうオンライン診療への流れは止められないだろうと私は思っています。私自身、無呼吸症候群の治療で月に1回通院していますが、データはすでにSASから送られてきているわけですから、先生はモニターを見ながら「いつも通り……、引き続き……」と。この5分のために1時間待つわけです。毎回とはいいませんが、3カ月に1回の対面受診にするなどのシステムを作るだけで十分機能するし、利用者の利便性は相当高まるはずです。

植村 先ほどの真砂クリニックのオンライン診療をサポートした会社の方から話をうかがうなかにヒントがあったのですが、オンラインを一つのツールとして外来診療に組み込むという考えです。SASやホルター心電計のデータなんかもオンラインで飛ばす仕組みがすでにできています。対面診療を基本としながらオンラインをどう有効に組み入れるかがこれからのクリニック運営の胆になるのではないかと思いますし、真砂クリニックの成功要因もそこにあります。

佐久間 もう一つの事例でいうと、皮膚科クリニックで夜間の相談のみでオンラインを活用されている先生がおられます。たしか相談料は30分で5,000円程度だったと思いますが、オンラインのみで悩みが解決することもあれば、相談から外来での治療に誘導するケースもあります。植村さんがおっしゃったように、外来診療の補助手段としてオンラインを活用することで、医療に多様性がでてくることが期待できます。

アンダーコロナ・アフターコロナでのクリニック開業戦略

司会 本日の座談会のまとめに入りたいと思います。新型コロナ問題の長期化、さらに第二波・第三波への警戒が強まる状況下で、これからの開業成功のポイントをお聞かせください。

植村 前提として患者さんのクリニックに対する評価が慎重になるということです。慢性疾患で、毎週医療にかかることが高齢者の満足や自慢ではなくなってきます。先生方には、医師の権限のごとく再診を促す診療が成り立たなくなること意識していただきたいと思います。そこで大切なのは、継続的な啓蒙活動と本物の医療提供の実践です。地域住民の健康管理、生活習慣の改善、疾患を悪化させない工夫などの情報発信に努め、実際の来院者に専門性の高い医療提供ができていることが選ばれるクリニックの条件です。万全な感染症対策も、クリニック選択の新基準になりますが、既存施設での制約のない新規開業の場合はむしろやりやすいでしょう。クリニックの経営環境が厳しくなるということは、院長の経営力の差が顕著になるということです。高度な医療技術はもちろん武器になりますが、それ以前に経営者としてのブラッシュアップが重要になります。これは他業種では当たり前のことです。また、現在メディカルトリビューンとの協業で事業承継をサポートしていますが、この状況でも毎日のように相談が持ち込まれています。逆に、事業承継を真剣に考える環境下にあるといえます。引退される先生には、今回を機会にハッピーリタイアメントを検討する方と、新型コロナの打撃で事業の継続が難しくなった方の二通りがあります。一方承継者も二通りあって、比較的ローコストで患者さんを引き継げることにメリットを見出す方と、地方などでは社会的意義として地域医療を絶やしてはならない責任感から承継開業を検討する方がいらっしゃいます。

佐藤 植村さんのご意見に付け加えれば、承継開業では旧来の医療に新しい機能を付加しなければならないということです。先ほど申し上げた在宅もそうですが、地域患者さんとの接点を能動的に作っていくことが重要ですし、そこにオンラインをはじめIoTをセットにして機能性を高めるべきです。患者さんやご家族にとって相談しやすい医療環境を作ることが大切です。

猪川 事業承継に関しては植村さん、佐藤さんのおっしゃる通りで、承継元の先生は長い年月をかけて地域医療に貢献されてきたわけです。これまでの事業承継は、従来通りの医療を発展させてきたイメージでしたが、これからは引き継ぐ患者さんへの医療提供をベースに置きながら新たな機能を付加して、新たな医療需要を掘り起こし、その結果として以後10年・20年の地域医療を守っていく、こんな形になるのではないかと思っています。単純に患者さんが付いていて経営が成り立つからではなく、新たな観点からの承継の検討になっていきます。また、病気の際にかかりつけ医にかかることが第一選択としも、病気になりにくい生産人口年齢の場合はほぼ例外なくウェブ検索で医療機関を比較して選んでいます。その際に利用者の目にどう映るのかといったところを戦略として打ち出しておかなければなりません。場所が近いからというのももちろん選択理由の一つですが、オンライン診療をはじめ今後遠隔診療がどんどん進んでいくでしょうから、そうなると旧来の一次診療圏・二次診療圏をいう枠が外れていく可能性も否定できません。もちろんベースは1㎞圏内の患者さんですが、健康相談なども含め、どこまでオンラインをシミュレーションし装備を整えて開業に挑むのかが大事になります。我々コンサルタントとしても、従来の診療圏での見込み患者数だけを見ての開業の判断が変わっていくだろうと思われます。

佐久間 開業の基本は日本医業総研が医院経営塾で一貫して説明している経営戦略の練り上げです。ただその練り上げをかなり深堀することが成否の分かれ道になってきます。今日の座談会でもいくつかの事例が紹介されましたが、診療科や開業立地でも違いが出てくるでしょう。オンライン診療も有用性は理解するものの、どう運用するか、それをどう通常の診療に活かすのかということまで具体的に考えなければなりません。それと新たに考慮しなければならないのは、クリニックとしてのBCP(事業継続計画)だと思います。今回の新型コロナがまさしくそうなのですが、災害時にどう対応し事業を継続していくのかの万全な準備がスタッフと地域患者さんの安心感につながります。これまで先生方の意識にはなかったこのBCPの概念も経営戦略の柱として考えていく必要があると考えます。

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公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会 顧問
株式会社 MMS 代表取締役
佐久間 賢一
投稿日 2023.06.26

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